Laughter歌詞

鏡の中を覗いても 羽根ひとつも見つからないけど

空を待ち焦がれた 鳥の急かすような囀りが聞こえる

鉄格子みたいな街を抜け出す事に決めたよ 今

それを引き留める言葉も 気持ちだけ受け取るよ どうも有難う

 

失うものや 諦めるものは 確かにどれも輝いて見えるけど

秤にかけた 自分で選んだ 悔やむ権利も捨て去ってた

 

翼は動きますか?本当に飛べますか?

YesもNoも言わずに真っすぐに空を見てた

鳥の名前はラフター ケージを壊した

YesでもNoでもなくて 飛びたいとはしゃいでる声だけで

膝を抱えた昨日までの自分を 乗り越えたラフター 今日も歌い続けた

自分自身に勝利を告げるための歌

 

本当の正しさってものを 風の強さに問い詰められて

行くべき道を逸れて 他の鳥の航路へ迷い込むこともある

乱気流の中でさざめく 光の粒を探して ほら

たとえ紛い物だったとしても 自分にとっての正しさを

創造してみるよ 大事にするよ

 

人格者ではなく 成功者でもなく いつでも今を誇れる人で在りたい

そんな希望抱き 未来図を描き 手放さず生きていたいだけ

 

現実は見えますか?保証は出来ますか?

YesもNoも言えずに答えに詰まっていた過去を

背に乗せたラフター 予想を覆した

ゴールや距離ではなくて 絶えず響いてた声こそが

孤独な夜にサーチライトにしてた あの光だった 今やっと気付いた

 

前例のない大雨に 傘も意味を為さない それでも胸は熱くなって

海鳴りよりも強く 稲妻よりも速く 羽ばたいて前途を目指して

 

翼は動きますか?本当に飛べますか?

YesもNoも言わずに真っ直ぐに空を見てた

鳥の名前はラフター ケージを壊した

YesでもNoでもなくて 飛びたいとはしゃいでる声だけで

膝を抱えた昨日までの自分を 乗り越えたラフター 今日も歌い続けた

自分自身に勝利を告げるための歌

ついったー

さて。

 

何から話そうかな。

 

どうだろう。

2015年の8月って。

私、何してたんだろう。

もう覚えてないや^^

 

8月ってね、私の誕生月。

獅子座なんだよね。

火を背負いすぎていっつもアッチンチンな人生だったな。

 

そんな事はさておきとして。

 

私ね。

そもそもは・・

なんだろう。

どこまで話せばいいのかわからないんけれど。

 

つまり、今の流れを形成する最初の時は、

「色々な人の世界を見てみたい」だった気がするな。

 

自分でも少し思うけど、

基本的にはとても素直な性格なんだけれども

どういうわけか気難しい所があったり

人との関わりについても変に潔癖な所があったり・・

人間関係、下手なんですよね。

いっつもどこに居ても人とぶつかって。

皆と同じ様に居られないからそんな事ばっかり。

合わせる事をするとなんだか自分が死んだみたいになってしまって。

心が行方不明になってしまうんですよね。

だから、いつからか付き合う人、関わる人を選ぶ様になって。

 

『それじゃいけない』とか思ったのかな?

忘れたなぁ。

 

でも2年前くらいに、

”色々な人と関わってみよう”と思ったはず。

 

そこから、少しづつ興味のある人から近づいていって。

 

凄く仲良くなりたいなと思った女性が居たのだけれど、

ほら、私人との距離感がわからないから

不快な思いをさせてしまったんですよね。

 

そんな事もあったなぁ。

 

何がキッカケかは忘れたけれど、その頃からタロットに興味を持つようになんたんですよね。

「魔法使いといったら占いとかも出来たくない!?」

こんな感じだったけかな?

もう忘れたな。

2022年の春頃かな。

 

で、出来もしないのに、いづれの集客の事を考え出して、そういった情報を嗅ぎまわったっけ。

 

そしたら、ツイッターでフォロワーを稼ぐことが大事!って。

 

私は素直だけどバカだから言われたままやったよね(笑)

 

200人くらいで完全に断念(笑)

興味の無い事 に一つも関心が持てないから

ツイートが流れてくる事も辛い

いいね押す親指も辛い(笑)

 

でもね、

そんな中、

普通に暮らしていたら絶対出会わないであろう人の暮らしぶりとか

普通に暮らしていたら絶対関わらないであろう人の考え方とか

そういうものに触れているうちに、なんかよくわからないけれど、

『自分の世界の外側に居る、色々な人を知る事も悪くないな』って。

 

いつからかそう思う様になって。

 

で、そこから、また200人くらいフォローさせていただいたのかな。

 

勿論、相性の悪い人も居たし

考え方の合わない人も居たし。

でも、

「それに対して私は何が嫌だと思うのだろう」とか

「こういう時はどう接するのがバランス良いのだろう」とか。

色々な学びがありました。

 

何度も揉めましたが(笑)

 

「俺には何でも言ってくれ!!」

と言われたから、

気に入らない事を伝えたら

「そこまで言うのは酷すぎる」とか。

 

本音と建て前 を知りました。

 

距離感の大切さ も知りました。

 

でも、難しいね距離感は^^;

 

最も苦手だな という事がわかりました(笑)

 

まぁ自分自身のコントロールが効かない様な人間が

人との距離感をうまくコントロールできるわけないですよね。

 

そこは気長に付き合っていこうと思いました。

 

で、いつも通り、

何を話したかったのかをすっかり忘れてしまっているわけですが。

 

うーん。

なんだったっけな・・・

 

そう!

 

そもそも、色々な人と関わってみたい という好奇心から

”集客”の為に人数増やそう に移り

頑張ってみた結果、私には全然向いてなくて、

その間に知り合った人達の事をよく見ているうちに、

素敵な人たちが沢山いるなぁ、と。

 

そういう風に思う様になったら

「あ、私この人たちに商売なんかしたくないわ」と。

 

なんですかね。

楽しかったんですかね、普通に。

 

「なんでこの人、こんな私なんかに一生懸命になってくれるんだろ」とか

「この人、心を開いてくれてるな」とか

人の優しさとか温かさに触れているうちに、

今、私に対して、真っすぐに向き合ってくれる人を大切にしたいな、って。

 

そう思っているけれど、なかなか築いてきたものを手放す事って勇気のいる事なのかなんだか知らないけれど、全部が全部をスパンと切る事ができなくて。

 

「なんかツイッター疲れた」

って。

何回言ったかな。

何回聞いてもらったかな^^

 

そんな事を誰かに聞いてもらいながらも

小さくも築いてきたものってなかなか壊せないんですね。

 

そんなこんなでズルズルとここまで来ました。

 

でも、なんかわかったんですよね今日。

 

もういいかな、って。

 

 

私、一つも器用な人間じゃないから

全部が全部を大事にする とか

誰の事も大切にする とか

世界中のものを愛する とか出来ないらしく。

 

一応この一年、変われるかな、って頑張ってみたんですけどね。

 

ちょっとは成長できた とは思うけれど

やっぱり根本って変わらないのかも^^

 

でもまぁ、それでもいいんじゃないかって。

 

なんかやっとそんな気がしてきて^^

 

 

でも、これでも私は

こんな私に関わってくれる人に対して

自分の出来る限りで

切実に接してきたつもりです。

 

どう受け取られてるかはわからないし、

それはどうでもいい。

 

私がそう思っているのだから、それでいいかな、って^^

 

 

 

なんだか新しいフェーズに呼ばれている気がするので

この辺で

さようなら、と。

 

 

本当にお世話になりました。

 

 

本当はもっと色々話したい事があったと思うのですが・・

忘れちゃうんですよね(笑)

 

きっと明日とか明後日に

「あー、アレ言うの忘れた!」

「これ伝えるの忘れてたわ!」と

思い出すんだろうな、って。

 

 

”らしいな”と ^^

 

 

そもそも別に死ぬわけじゃないですからね(笑)

 

私が勝手にリセットするだけの話。

大袈裟にしてるのは

私が”大袈裟が好き”だから^^

 

よく考えれば、何も大した事ない話なのです。

 

でも大袈裟なのが好きだからね(笑)

しゃーないですね。

 

 

でも、ツイッターってさ、

ずっと黙って見て来て思ったのだけど、

一回フォローしちゃうと、切りづらい ってのがあるんだろうな、って。

「フォローを外す」ってのが、何というか、、、

角が立つ感じになっちゃうんですかね。

 

なんか色々な人を見させていただいた御陰様でそう思った。

 

だから、私の事なんか興味も無いのに、

解除しづらくて出来ないで居る人も居るんだろうなぁ、、と。

 

私は何も気にしないですよ◎

むしろ、どうぞ外してください。

全っ然、角立たないですので!

 

と言っても、建前上とかうんたらかんたら思われてしまうのもアレなので、

私は一度全員を外させていただきます◎

 

皆が角立つのが嫌 だとしても

私は角を立たせるぜっ!

 

 

やっぱり

興味ないのに、相性悪いのに関わるとか

煩わしいものは、無い方が良いからね^^

 

 

 

ま、話しきれてない理由もありつつ

様々な理由が重なって、

一旦リセットさせていただきます!と^^

 

 

 

もしも

私の事を誰だかわからなくなってしまった日が来ましたならば

どうぞまた私と出会ってくださいね◎

そして

いつかの時に

あれ!? と

時が繋がったなら。

 

 

私は嬉しいです✨

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

皆が幸せでありますように🍀

不器用な人の為の、前進のしかた。

「なるほど、確かに!!」

 

 

誰かに助言をもらったり

教えを受けたりした時、

 

なるほど!

そっかぁ!

確かに!!

 

そう、頭に電球が点ってすごく理解ができた

はずなのに

って事。

 

私にもよくあります。

 

どうして理解できたのにやれないんだろう?

わかった気になっているだけで本当はわかっていないのか?

 

色々考えるわけです。

 

まぁそこで考えることを諦めると

『自分には無理だ・・・』

という急いだ結論になってしまう事も少なくはありません。

 

でもこれって

いただいた助言や教えを

”わかったフリ”をしているわけじゃないんですよね。

新しい考え方に触れて、

感化されたのも本当のこと。

でも、言われて納得したのに行動が伴っていないと

「え、わかってないじゃん」

と相手からも思われてしまう

”かもしれない”・・・

 

これがどういう事なのか、

そして、どうすれば解決するのかについて考えました。

 

まぁ『感化された』という時点で、

その内容を理解して納得はしているわけです。

ただ、人間の本質として持っている

習慣に引っ張られてしまう力ってのはやっぱり強くて

よっぽどの事がない限りは、人はすぐには変われないわけです。

 

頭ではわかっているけどでも変われない・・・

 

以上のことから

これは当然の事、自然な事だと思うのです。

 

そこで、

「あぁ・・・

やっぱり自分には無理なんだ」

と思って、諦めてしまいがちなわけです。

 

そう思うことは物凄く勿体無いことだと思ったので、

今朝はこの事について自分なりに考えてみました。

 

私なりに考えてみた

これを乗り越える為の対策や考え方は二つ。

 

一つ目は、

 

『頭で理解できていても、どうしても同じ事を繰り返してしまう・・・』

そもそもそれで良いということ。

頭で理解できて腑に落ちたなら、もうこの時点でOKという事。

 

先ほども述べたように、

そもそも習慣の力は本当に侮れないものなので

無理に抗おうとしないことが大事。

「また同じ事しちゃってる・・・」

と思ってもOK。

 

なぜなら、こう思えている時点で、

『あの時頭で理解できたこと』を、ちゃんと覚えている証拠だと思うからです。

 

三歩進んで 二歩下がる

という言葉だか歌だかがありましたが、

まさに、それで良いのです◎

 

なんなら私は

三歩進んで 2.9歩下がる

でもOKだと思っています。

 

前進するスピードは問題ではなく、

0.1歩前進したことが大切だと思うからです。

 

なので気づけただけで十分◎

 

ただし、

いちいち落ち込んでしまうようじゃ、これは自分に優しくないことなので

「また同じ事しちゃってる・・・」

と思ったときは、

「でも、それに気付く事ができた自分ってすごい!!」

をセットでヨロシクっ!!

(はっぴーセット。)

 

 

二つ目は、

 

「ゼロが急に100になるわけがない!!笑」

という、わすれがちな事を思い出す事。

 

球を握った事のない子が翌日試合に出ることが難しいように、

今日生まれたばかりの赤ん坊が明日100M走に出場することが困難であるように。

 

物事には、やっぱり

ホップ ステップ ジャンプ

があるなぁ、と。

 

せっかく感銘を受けた考えが自分の中に入ってきたのなら、

そこに急に行くことができないのなら、

事細かに分解してやったらいいわけです。

 

そこに辿り着くまでの距離を

細分化した、とても小さな課題で埋めていく。

今すぐできるような課題から一個一個潰していく。

 

そうすることで、

簡単にクリアできるような小さな課題をたくさんこなす事で、自己肯定感とやらも育ちますし、

一番向こうにある、最終的な考えを自分のものにする事への道も、徐々に縮まり、

いつかは必ず辿り着く事ができる!

という事です。

一石二鳥っ✨

 

 

すぐ変われる器用な人からすれば、

こんな事どうでも良い事かもしれないけれど

私は偏ってたり理屈っぽかったり、

どちらかと言えば不器用な方ですので

そんなすぐにはうまくいかなくてですね。。

なので日々、色々な方に助言をいただいたり

せっかく素敵な考え方に感化されたはずなのに、

自分が同じことを繰り返している事にも気づいて

Oh no…と思うこともあるのです。

 

でもまぁ、その度に

「なんでだろう、なんでだろう・・・」

と歌わない程度に考えてきたわけです。

 

今朝はちょっぴり頭が冴えていたので

この事について向き合ってみました。

 

もしあなたの中に異論が生じたならば

是非、あなたの中で大切にお育てください⭐

 

私は自分が選んだものにしか従わないので

あしからず💙

エネルギーバンパイアの話

10年以上前の話です。

横浜の中華街?からちょっと外れた場所で、完全に個人で占いを生業にされていらっしゃる先生に、占いをしてもらった事があるんです。

(確か、帰りにその先生の書籍をいただいたのですが、いつの間にか紛失してしまいました・・・どこ行ったかなぁ・・・)

 

 

まぁ、当時お付き合いしていた人と二人でみてもらったわけですので、

女心といたしましては、相性だとか結婚だとか・・・✨

明るい未来を期待して行ったわけですよ。

 

 

当時の私は占術など、全くと言っていいほど無知でしたので、

その先生が何の占術を使っていたのか、全然わかっていなかったのですが、

今考えると、四柱推命的な占術だったのではないか?と思います。

(確か、本がそんな感じだった様な・・・)

 

で、生年月日や生まれた時間などをお伝えし、

先生のちょっと散らかっている大きな机の前で、緊張しながら先生の言葉を待っているわけですよ。ドキドキ💗

 

先生「うむ。」

(多分、”うむ”とは言ってない!w イメージですw)

私 「はい・・・」

 

先生「あのね、彼ね、あなた(私)のエネルギーを吸い取って、今なんとか保てている状態なんだよね。。」

 

私 「えっと・・・はい・・・」

 

先生「あなた(私)は気づいていないかもしれないけれど、彼は、あなたのエネルギーをあなたから貰って、今良い状態で過ごせているんだよね。。」

 

私達「はぁ。。。(なんとか理解に努め中)」

 

先生「あなたは良いのよ。あなたは凄く生まれ持った運が良いから。

   問題は彼なんだよね。君はね、こう言っちゃなんだけど、インドかどっかの僧侶になるしか、もう道はないのよ。」

 

 

あまりにも強烈なワードすぎて、
ここからどんな事を言われたか、当時ですら記憶が曖昧だったと思います。

 

でも、要するには、

・彼は、生まれ持った運とかによると、インドの僧侶になるしかない という事

・彼が今(当時)楽しく暮らせているのは、私のエネルギーを吸い取っているから という事

というのが、占いの結果でした。

 

 

でもね、私、なんだかこの話を聞いた時

全然落ち込みはしなかったんですよね。

『エネルギーを吸い取ってる』なんて事は、一つも思った事がなかったけれど

なんかすっごく腑に落ちる事ばかりで。

 

『あー、彼は多分、私とじゃないと無理なんだろうな。でも私が一生この人と一緒に居たいと思うかは保障できないし、未来ってどうなるんだろう。。』

と思っていたし

『彼は多分、なんか、この社会とか世界が合わない人なんだろうな。。。』

とずっと思っていたから。

 

 

とりあえず『私のエネルギーを吸い取ってる』って事には、とても驚きました。

 

 

こんだけ散々な結果だったのにも関わらず、帰り道でどちらもどんよりしなかったのは

私「でもさ!インドの僧侶になるしかない!ってやばくない!?こんなん滅多に言われる言葉じゃないって!!凄いよ!逆に凄い!!ww」

私「でもさ、そもそもインドに行く事自体、無理があるよね!?笑 どうするの!?僧侶とか覚悟必要だし、まずはインドに旅行してきた方が良いんじゃない!?私は行かないけど!!はっはっは!!笑」

とういう方向に話が変わって、

それはそれで盛り上がったからだったと、記憶しています(笑)

 

 

 

という事を、先ほどふと思い出したのです。

 

今考えれば

『エネルギーを吸い取る』って

俗にいう

エネルギーバンパイア』って事なんじゃないか!?と!!

 

10数年越しに、理解が出来ました。

 

「そういう事だったのかぁ!!」と思ったら急に

近頃ずっと私に掛かっていた”嫌な違和感”の事を思い出して。

理由は無いのですが、その”嫌な違和感”が「それだ!」と頭の中でピコッと繋がったのです。

 

そしてその視点から、その”嫌な違和感”について考えてみた所・・・

 

全てが繋がりました。

 

と、同時に

『相手には全く悪気がない』

『本人自体も気づいていない』

事にも気づけたし、

依って

『私には対応は無理だ』

という事も理解できました。

 

 

お互い、別の世界線にて

平和で幸せに生きられますように⭐

 

 

 

 

 

占いに一緒に行った彼のその後。

どうなったかと言うと・・・

暫くしてお別れになりました。

その後も多少話し合いはありましたが

私はどんどん新しい道を進んでしまいますので…

 

10数年経った今、

お金の事で色々な人と大変だったとか

自己破産をされたとか・・・

去年そういった話を耳にしました・・・

 

一瞬だけ話す機会があったのですが、

「自分が何をしたら良いかわからない」といった雰囲気でした。

 

世迷い人と言いますか・・・

 

でもね。

私は言わなかったけれど・・・

 

何をしたら良いかわからない!?

何をしたら良いかわからないならアレだよアレ!!

時が来たんだ!!

する事あるじゃん!!

インドだよ!!!

 

 

さすがの私でも

こればかりは言えませんでした・・・苦笑

 

 

彼の人生の責任を

もう私は背負ってやれないのでね◎

 

 

お互い、別の世界線にて

平和で幸せに生きられますように⭐

嫌いな人、さようなら。

うーん。
なんか胡散臭く感じる・・・

 

この人達って、こういう人達なんだ・・・
私には合わない。

 

なんでこんな侮辱する様な事をする?
はい、嫌い。

 

 

人にはそれぞれ、何らかの”偏り”があると思います。

 

そしてそれは
私にも同じようにあり、
そして私のそれは
どういう訳か人一倍
強く持って生まれて来てしまいました。

まぁ、そこを嘆いても話は始まらないので嘆きはしませんが
そんなこんなで
私は他人に対しての極度な潔癖感があります。

 

しかしそれは全て、
相手に原因があるのではなく
あくまでも私個人の感覚の問題です。


まぁ、相手に問題がある場合もありますが、
『相手の問題』自体が
そもそも”私には関係が無い”と考えています。

そういった理由から、
他人に対しての”好き・嫌い”も激しいわけなのですが、
実は今、
以前は散々『嫌』だと思っていた人と
逆に関りを持っていたりするんです。

 

「ん?嫌いって思ってたくせに。言ってた事と違ぇじゃねーか!?」

自分でもそう思うので

今日はその事について考えてみました。

 

 

私はここ数年、
自分でも驚くくらい変化しています。

それは周りの人にそう言ってもらえる事も含め
自分自身が一番驚いている事です。

 

でもその中には
”どんな手を打っても変わらない部分”もあって
最近では、そこはもう逆に大切にしようかな、とも思っていたります。

私の変化のスピードは何故か年々増していて
さっき思っていた事が、今はもう違う考えになっている。

最近ではそんな所まで来ています。

 

だから

『先月まで嫌いだった人が今日は嫌いじゃなくなってる』

『こないだまで好きだった事に興味なくなってしまった』

この転換するスピードも速いのです。

 

嫌いだったもの
を嫌いじゃなく思えること

許せないと思ったこと
を許せるようになること

 

嫌だ と思った時の理由が自分の中にあったのと同じ様に
そう思わなくなる理由も
自分の中で発生するものだと思いました。

 

『相手』が変わった んじゃなく
『自分』が変わった

ただそれだけ。

 

そして『自分』が変わった事で
嫌いな人 が居なくなっていく。

 

(自分を変幻させて手を打って努力してみても、無理だった人も居ますが・・・)

 

そういった経験を通して
また更に
自分の変化のスピードを実感する根拠が増えていくのです。

 

 

さっきまでの私が思っていた

「ん?言ってた事と違ぇじゃねーか!?」

の答え。

 

 

「そうです。私は常に進化しているのでごめんなさいね💙」

 

 

 

 

なんかこうやって書きながら頭の整理をしていましたら・・・

 

あれ・・・?

 



 

ビッグダディと同じ事を言って・・・

ない よな!?

 

 

 

ちょっと気になるけど、

まぁいいや(笑)

 

 

私はどんどん変わって行ってしまうけrれど・・・

 

それが ”私” です🍀

座敷童に会った時の話。

今日とある事をきっかけに「あ、そうだ」と座敷童に会った時の事を思い出したので、誰かに話したくなりここに書こうと思いました。

19歳頃の話です。
当時、私は居酒屋さんでアルバイトをしていました。
それまで”居酒屋さん”という所へ行った事がなく「どういう場所なんだろう」というちょっとした憧れがあった為、お店自体に直接潜入してどういう場所なのかを知ろう、と思った為でした。

高校生時代に夜遊びなんかした事の無かった私には、夜なのにこんなに賑やかな場所があったんだ、と感動にも似た気持ちと共に毎日楽しくやりがいを持って仕事に励んでいました。

朝5時までの営業だったそのお店は、4時頃になるとトイレ掃除をします。
だいたいその時間帯になると、お店の中もかなり静かになっています。

私がそのお店に勤めだして半年経った頃でしょうか。

いつも通りに一人でトイレ掃除をしていると「ん?」と思いました。
鏡を拭いていたのですが、左側にある真ん中の個室に子供が居る気配がしたのです。
見ても居ないですし、確認しに個室へ入っても勿論誰もいませんでした。
普通に気のせいだと思って、そのまま掃除を終わらせて、特に気にしてませんでした。

でも、次の日にも同じ事があったのです。
掃除をし始めた時にはすっかり忘れていたのですが、鏡を拭いているとまた「ん?」となり、
今度は、”真ん中の個室の便座の上で体育座りのように膝を抱えてしゃがんでこっちを見ている男の子が居る”とハッキリ感じました。
便座に座っている のではなく、便座の上でしゃがんでいる なのです。

座敷童

でも見ると居ない。

「何だ?」とは思ったのですが全く怖いとかはありませんでした。
この時は、気のせいかもしれないし気のせいじゃないのかもしれないけど、よくわからないけれど悪い子じゃなさそうだから気にしないで居させてあげよう、と思っていました。

その後もトイレ掃除をする時は、いつもそうでした。
いつも真ん中の個室の便座の上で膝を抱えてしゃがんで私を見ている。
居るのか居ないのかは私にはわからないけれど、私はトイレ掃除が好きになりました。
その子に見られてても恥ずかしくないよう、それまで以上に丁寧に掃除をするようにもなったし、なんだか楽しくやれるようにもなってました。

そんな日々が1ヶ月くらい続いた頃、店長にその事を話してみました。
「それって、もしかしたら座敷童なんじゃねぇの?」
そう言われたのですが、私にはあまりピンとは来ませんでした。
なぜなら私は座敷童という人に会ったことがないからです。
「そうなんですかねぇ。よくわからないけれど、でも誰か居ます」
「ちなみにそれって最近なの?」
「いや、一か月前くらいからです」
「おい。やっぱそれ座敷童だよ!」

当時の私はまだ若かった事もあってか、あまりお店の売り上げがどうとかそういう事には関心がありませんでした。
でも、店長の話によると、その頃、例年に比べて何故か異様に売り上げが良かったそうで。

「そいつはきっと座敷童だから大切にしてやれよ」
そう言われました。

でも、大切にするように、と言われても、どうしたら良いのかもわからないですし、
私はいつだって真面目に仕事していたし、それ以上何もどうしようもなかったので、それからもいつも通りに自分のやるべき仕事を真面目にこなしていました。

それからどれくらい経った頃だったかはちょっと忘れてしまいました。
店長に話してから1ヶ月くらい経った頃でしょうか。

いつも通りにトイレ掃除をしていた私はまた「ん?」となりました。
鏡を拭いている時に、いつも真ん中の個室の便座の上でしゃがんでいたあの男の子。
この日は居なかったのです。
でもこの時は「今日は居ないのか」と思ったくらいで、あまり気になりませんでした。

その後も、トイレ掃除をしていても、男の子はいませんでした。

多分そんな事が1週間ほど続いた頃、私はやっと「あぁ、居なくなってしまったんだな」という事に気付きました。

でも、その男の子に最初に出会った時にすぐ誰かに伝えたりしなかった時のように、
私は男の子が居なくなってしまった事も誰にも言いませんでした。

自分の中でその男の子に何となく思いを馳せる事はあったけれど、その思いを誰かと共有できるともあまり思っていなかったし、なんとなく自分の中に静かに置いておきたい気持ちだったからだろうな、と今は思います。

その男の子が居なくなってから1,2か月経った頃だったでしょうか。

「おまえが前言ってた座敷童、最近もまだ居るのか?」
営業中、お店が暇で立ちぼうけている時、店長に言われました。
「あぁ、トイレの男の子ですか。もう居ませんよ」
「え!?居ねぇの!?いつから居ねぇんだ!?」
「確か1ヶ月前くらいだったかなぁ・・」

最初は少し冗談気味な感じで話し始めた店長が真面目な顔になりました。

「おまえがトイレに居るって言ってたそいつ、本当に座敷童だったんだと俺は思うよ。
おまえがそいつを見るようになった頃からそいつが居なくなるまでの間、店の売り上げすげぇ良かったんだよ。
なんだぁ、居なくなっちまったのかぁ。まぁ仕方ねぇよな。でも居てくれてありがたかったな!」

私はまだ若かったから、お店の売り上げなんて正直気にしていなかった。
でも、”厳しい人だ”という理由で皆から嫌われている店長になんだかんだで可愛がってもらっていた私は、
私が「笑わないで聞いてくださいね。トイレの真ん中の個室になんか男の子が居るんです・・」と話した時に
バカにする事なく「おぉ!?そうなの!?何それ詳しく聞かせろよ^^」と言って真面目に聞いてくれた事、
そしてその男の子を「大切にしてやれよ」と言ってくれた事、
そして居なくなってしまったあの子に対して
「居てくれてありがたかったな!」と言ってくれた事。

売り上げを気にしていない私にはその”ありがたさ”はわからなかったけれど、
でも私が信頼している店長がそう言っていたので「居てくれた事はありがたい事だったのか」とそこで一つ学びました。

でも今よく考えれば、私がいつも一人で寂しくトイレ掃除するのを見守っていてくれたと思うと、
今だったら私も店長と同じように「居てくれてありがたい存在だったな」と思います。


これが、私が座敷童に会った時の話 です。







ここからは余談です。


さて、この居酒屋さん。
私とこの居酒屋さんの”最後”がどうだったかと言うと、円満退社ではありません。
私は社員と喧嘩をしてしまいました。
私と同じくフロア担当だったとある男性社員。
居酒屋なので、大人数の部屋では楽しく飲み過ぎて吐いてしまうお客さんも居るのです。
私の中では別に”誰がやるもの”だという認識はなかったし、会社としても誰がやるというルールはありませんでした。
気づいた人が、手があいている人がやればいい、と思っていました。
バイトだって社員だって、ゲロ掃除、、やる時はやります!
でも一人だけ悪い社員が居たのです・・
「おぅ、〇〇、おまえ手空いたら〇〇卓片付けてきて」
「はい」
といったその子が向かった先には、ゲロが・・
私は、その子がやる必要もないと思ったけれど、文句言わずにやっているその子をいつも手伝いました。
他の社員さんが気づいて掃除をし始めた時も、自分の手が空いていれば手伝う。
私も他の子もそうしてました。
でも、その悪社員だけは絶対やらないんです・・
店長にそれを伝えたら「おい、おまえもやれよ」と言ってくれたのですが
「え、おれも全然やってますよ」と普通に嘘をつきました。
チクった手前、コソコソ知らないふりをしたかった気持ちもあったけれど、「あいつチクりやがったな!」と思われるのも嫌なので、『わたしがチクりました』と言わんばかりにちゃんと店長が注意する現場に立ち会ったので、目の前で平気な顔をして嘘をついたその社員に本当に頭にきたけれど我慢しました。
そしてある日。
またゲロから逃げた悪社員に私はとうとう怒ってしまいました。
そして営業中にも関わらず大喧嘩になり。
最後は「バイトのくせにガタガタ文句言うんじゃねぇ!」と言われたら、何も言えなくなりました。
何も言えなくなったので、頭にきた私は着替えて帰りました。

お店から電話が何回も入ってました。
でも出ませんでした。
朝の5時半過ぎだったかな。
店長の携帯から着信があったので出ました。

「お前は悪くねぇよ。助けてやれなくてごめんね。今日勝手に帰ったことは気にしなくていいから、また明日元気な顔して来てくれな」

「はい」
と言って電話を切ったけれど、私は翌日無断欠勤をしました。
その次の日も無断欠勤。

どう過ごしていたかは覚えていないけれど、ずっと家に一人で居たと思う。

3日目くらいに店長に電話しました。
でもいの一番で「もうおまえ、来なくていいから」
そう言われて悲しすぎて何も言えなかった。
しばらく無言が続いたあと
「じゃあな。元気でやれな」
と言われ、電話は切れました。


こうして私の居酒屋バイトは終わりました。





でもこの話には続きがあって。

店長とはその後、街で再会したのです。
「おー!!おまえ元気だったかよ!!」と私と会った事を喜んでくれました。
立ち話を少しして、私の中にあったわだかまりのようなものはすっかり消えました。

今こうやって書いていたら、あの最後の無言の時間は私が「もう一度チャンスをください」と言うべき時間だったのかな、と。

でも、私は言わなかった。悲しすぎて何も言えなかった。

その事によって、そこで道が分かれたそのもう一本の道を歩いてきた今、
とても幸せに生きているので、あの時悲しすぎてよかったな、と、今思っています◎





長い長い長文。
ここまで、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

お疲れ様でした。
良い一日をお過ごしください☆




美容師の仕事について。

大抵の場合、高校卒業後に美容専門学校へ行く事が多いのですが、私の場合、6年くらいの遅れがありました。
音楽大学へ行く』という敷かれたレールを自ら壊し、高校卒業後にすぐ一人暮らしをして、『本当に自分がやりたい事』を探して、シルバーアクセサリーSHOPで店長をしたり、古着SHOPで販売員、そしてバイヤーの仕事をしたり。
やりたいと思った事は全てやってきて、色々グルグルと歩いた結果、辿り着いたのが美容師でした。
(自分の周りにファッション関係や美容師が多かった事も影響あったと思う)

一人暮らしで生活も必死だったけれど、お金を貯めて自分で学校に行き、無事に国家試験に受かって。

そうやって遅ればせながら足を踏み入れた美容の世界。

美容師にはアシスタント期間があり、最初はシャンプーからの入客となります。
私は自分でもよくわからないのですが、シャンプーボウルに乗せられた頭を見ると、この人にはどのくらいの温度が良くて、この人にはどれくらいの強さが良くて、、といった事がなんとなくわかったのです。
そして、その感覚に従ってやる結果、いただく評判が良く、気付いた時にはシャンプー指名だらけになっていました。
(この頃、一番嬉しかったのは、誰がシャンプーしても最後に文句言われるとスタイリスト達からも恐れられていた「シャンプーにうるさいマダム」と言われていたお客さんに「あなたのシャンプーが気に入ったわ。次回からもあなたで。」と言われた事。これは勲章でした。)

そしてこれは今でも気になっている事。
60歳近くだったかな?の、マネージャーが私のシャンプーを受けた後、私には「うん。良し◎」としか言わなかったのに、他のスタイリストさんたちに「あの子の指には何かがある」と言っていたと後から聞いた事。
その「何か」が、今も私は気になっています・・・

そんなこんなでシャンプーに評価をいただいていた私ですが、マダムからの勲章以外は実はそんなに嬉しくなかったのです。

美容の世界には『ただ何となく・・・』という理由で踏み入れたわけではなかったから、自分の中での理想やイメージする「自分の完成像」が強すぎて、現実とのバランスが取れなくてかなり辛かったのです。

「シャンプーで評価をもらう事」よりも「早くスタイリストデビューしてバリバリ自分の個性を発揮して仕事したい!!」と思っていたからです。

ここからは、とても大変な道のりで・・・
まぁこの時はわかっていなかったASD。
教えてもらっても、言っている事がわからないといいますか、1から7聞いてなんとなく出来る人が多い中、1から10ないしは12くらいの説明をしてもらえないと飲み込めないという苦労の連続で・・・
人間関係にも支障が出てきたりと苦労が絶えませんでした。
途中でお店も変えたり、それでもダメで。

最終的には私は、最初のお店で出会った今の師匠から全ての技術を教わり、漸くデビューする事が出来ました。




2011年 東日本大震災

この出来事をきっかけに。
生きるか死ぬかという事を目の当たりにして。
サロンワークに対してなんだか私の中に違和感が生まれてしまったんです。


美の為の仕事ではなく、もっと公衆衛生に寄った仕事がしたいと思うようになって。

生きていく上で髪は伸びる。
暮らしていく中で髪を切る必要がある人もいる。

『カットだけをしたい!』と思うようになり、サロンワークの現場へ戻る事が頭の中から完全に消えて、カット専門店へ現場を変えました。

この仕事は本当に楽しかったー!!!!

1日に40人カットさせていただいた事があった日には、夜は足がガックガクだったけれど、心がすんごく充実してたし、仕事が本当に楽しかった!!
仕事に行くのがイヤだな・・・なんて日は一度も無かったし、毎日本当に楽しく駆け抜けてました!!
意地悪な店長の事で腹を立てていた事もあったけれど、今思い出せばそんな事がハナクソだったと感じるくらい、毎日が充実してました。

そんな風に駆け抜けた日々、師匠に立ち止まってみてもいいのではないか?と言われ。

悩むに悩んで出した答えが、そう。
今年4月からの休職でした。

休職しても最初の頃は、いつ現場に戻るかばっかり考えていたけれど、
休職しても最初の頃は、毎日走って生きてたのに急に時間ができて時間の使い方がわからずただただ持て余していたけれど、
だんだんと時間の使い方がわかるようになってきて、
だんだんと自分と向き合う時間が必要だった事がわかってきて。

そうやって、ゆっくりと自分と向き合っているうちに、また『私にとっての美容の仕事』の形が変わっていく事を感じ始めました。


私は自分と向き合う事によって、今まで気づかなかった自分の中の様々な事が気づけるようになりました。
私は自分に対して優しい癒しの時間を作ってあげた事によって、自分の心が穏やかになってきました。

『癒し』を大切にして生きていきたいな。

そう思った時、そしてそれが頭の中で自分の仕事と重なった瞬間に、
『あれ?あの時。早くスタイリストになりたい!の思いが強過ぎて受け入れられなかった事こそが、私の本当のやるべき事なんじゃないか?』と閃いたのです。


自分がやりたいわけではないけれど、自分には何故か出来てしまう事

自分がやりたいわけではないけれど、人様から評価をいただける事


自分がやりたいわけではないから蔑ろにしてしまいがちだけれど、
実はこういう事ってきちんと受け止めて、自分の中に大事にしておくべきモノなんじゃないか?って。


やーーーっと色々繋がってきたのです!!




というわけで、
最近色々勉強している中の一つが、この道の事だったりもします。
(他にも3つくらいの勉強を同時進行中・・・)




自分の天職って案外、灯台下暗しだったりするのかもしれないな。

そんな事を思った、天気の良い今日です。