美容師の仕事について。
大抵の場合、高校卒業後に美容専門学校へ行く事が多いのですが、私の場合、6年くらいの遅れがありました。
『音楽大学へ行く』という敷かれたレールを自ら壊し、高校卒業後にすぐ一人暮らしをして、『本当に自分がやりたい事』を探して、シルバーアクセサリーSHOPで店長をしたり、古着SHOPで販売員、そしてバイヤーの仕事をしたり。
やりたいと思った事は全てやってきて、色々グルグルと歩いた結果、辿り着いたのが美容師でした。
(自分の周りにファッション関係や美容師が多かった事も影響あったと思う)
『音楽大学へ行く』という敷かれたレールを自ら壊し、高校卒業後にすぐ一人暮らしをして、『本当に自分がやりたい事』を探して、シルバーアクセサリーSHOPで店長をしたり、古着SHOPで販売員、そしてバイヤーの仕事をしたり。
やりたいと思った事は全てやってきて、色々グルグルと歩いた結果、辿り着いたのが美容師でした。
(自分の周りにファッション関係や美容師が多かった事も影響あったと思う)
一人暮らしで生活も必死だったけれど、お金を貯めて自分で学校に行き、無事に国家試験に受かって。
そうやって遅ればせながら足を踏み入れた美容の世界。
美容師にはアシスタント期間があり、最初はシャンプーからの入客となります。
私は自分でもよくわからないのですが、シャンプーボウルに乗せられた頭を見ると、この人にはどのくらいの温度が良くて、この人にはどれくらいの強さが良くて、、といった事がなんとなくわかったのです。
そして、その感覚に従ってやる結果、いただく評判が良く、気付いた時にはシャンプー指名だらけになっていました。
(この頃、一番嬉しかったのは、誰がシャンプーしても最後に文句言われるとスタイリスト達からも恐れられていた「シャンプーにうるさいマダム」と言われていたお客さんに「あなたのシャンプーが気に入ったわ。次回からもあなたで。」と言われた事。これは勲章でした。)
私は自分でもよくわからないのですが、シャンプーボウルに乗せられた頭を見ると、この人にはどのくらいの温度が良くて、この人にはどれくらいの強さが良くて、、といった事がなんとなくわかったのです。
そして、その感覚に従ってやる結果、いただく評判が良く、気付いた時にはシャンプー指名だらけになっていました。
(この頃、一番嬉しかったのは、誰がシャンプーしても最後に文句言われるとスタイリスト達からも恐れられていた「シャンプーにうるさいマダム」と言われていたお客さんに「あなたのシャンプーが気に入ったわ。次回からもあなたで。」と言われた事。これは勲章でした。)
そしてこれは今でも気になっている事。
60歳近くだったかな?の、マネージャーが私のシャンプーを受けた後、私には「うん。良し◎」としか言わなかったのに、他のスタイリストさんたちに「あの子の指には何かがある」と言っていたと後から聞いた事。
その「何か」が、今も私は気になっています・・・
そんなこんなでシャンプーに評価をいただいていた私ですが、マダムからの勲章以外は実はそんなに嬉しくなかったのです。
美容の世界には『ただ何となく・・・』という理由で踏み入れたわけではなかったから、自分の中での理想やイメージする「自分の完成像」が強すぎて、現実とのバランスが取れなくてかなり辛かったのです。
「シャンプーで評価をもらう事」よりも「早くスタイリストデビューしてバリバリ自分の個性を発揮して仕事したい!!」と思っていたからです。
その「何か」が、今も私は気になっています・・・
そんなこんなでシャンプーに評価をいただいていた私ですが、マダムからの勲章以外は実はそんなに嬉しくなかったのです。
美容の世界には『ただ何となく・・・』という理由で踏み入れたわけではなかったから、自分の中での理想やイメージする「自分の完成像」が強すぎて、現実とのバランスが取れなくてかなり辛かったのです。
「シャンプーで評価をもらう事」よりも「早くスタイリストデビューしてバリバリ自分の個性を発揮して仕事したい!!」と思っていたからです。
ここからは、とても大変な道のりで・・・
まぁこの時はわかっていなかったASD。
まぁこの時はわかっていなかったASD。
教えてもらっても、言っている事がわからないといいますか、1から7聞いてなんとなく出来る人が多い中、1から10ないしは12くらいの説明をしてもらえないと飲み込めないという苦労の連続で・・・
人間関係にも支障が出てきたりと苦労が絶えませんでした。
途中でお店も変えたり、それでもダメで。
人間関係にも支障が出てきたりと苦労が絶えませんでした。
途中でお店も変えたり、それでもダメで。
最終的には私は、最初のお店で出会った今の師匠から全ての技術を教わり、漸くデビューする事が出来ました。
2011年 東日本大震災。
この出来事をきっかけに。
生きるか死ぬかという事を目の当たりにして。
サロンワークに対してなんだか私の中に違和感が生まれてしまったんです。
美の為の仕事ではなく、もっと公衆衛生に寄った仕事がしたいと思うようになって。
生きていく上で髪は伸びる。
暮らしていく中で髪を切る必要がある人もいる。
『カットだけをしたい!』と思うようになり、サロンワークの現場へ戻る事が頭の中から完全に消えて、カット専門店へ現場を変えました。
この仕事は本当に楽しかったー!!!!
1日に40人カットさせていただいた事があった日には、夜は足がガックガクだったけれど、心がすんごく充実してたし、仕事が本当に楽しかった!!
仕事に行くのがイヤだな・・・なんて日は一度も無かったし、毎日本当に楽しく駆け抜けてました!!
生きていく上で髪は伸びる。
暮らしていく中で髪を切る必要がある人もいる。
『カットだけをしたい!』と思うようになり、サロンワークの現場へ戻る事が頭の中から完全に消えて、カット専門店へ現場を変えました。
この仕事は本当に楽しかったー!!!!
1日に40人カットさせていただいた事があった日には、夜は足がガックガクだったけれど、心がすんごく充実してたし、仕事が本当に楽しかった!!
仕事に行くのがイヤだな・・・なんて日は一度も無かったし、毎日本当に楽しく駆け抜けてました!!
意地悪な店長の事で腹を立てていた事もあったけれど、今思い出せばそんな事がハナクソだったと感じるくらい、毎日が充実してました。
そんな風に駆け抜けた日々、師匠に立ち止まってみてもいいのではないか?と言われ。
悩むに悩んで出した答えが、そう。
今年4月からの休職でした。
休職しても最初の頃は、いつ現場に戻るかばっかり考えていたけれど、
休職しても最初の頃は、毎日走って生きてたのに急に時間ができて時間の使い方がわからずただただ持て余していたけれど、
だんだんと時間の使い方がわかるようになってきて、
だんだんと自分と向き合う時間が必要だった事がわかってきて。
そうやって、ゆっくりと自分と向き合っているうちに、また『私にとっての美容の仕事』の形が変わっていく事を感じ始めました。
私は自分と向き合う事によって、今まで気づかなかった自分の中の様々な事が気づけるようになりました。
私は自分に対して優しい癒しの時間を作ってあげた事によって、自分の心が穏やかになってきました。
『癒し』を大切にして生きていきたいな。
そう思った時、そしてそれが頭の中で自分の仕事と重なった瞬間に、
『あれ?あの時。早くスタイリストになりたい!の思いが強過ぎて受け入れられなかった事こそが、私の本当のやるべき事なんじゃないか?』と閃いたのです。
自分がやりたいわけではないけれど、自分には何故か出来てしまう事
自分がやりたいわけではないけれど、人様から評価をいただける事
自分がやりたいわけではないから蔑ろにしてしまいがちだけれど、
実はこういう事ってきちんと受け止めて、自分の中に大事にしておくべきモノなんじゃないか?って。
やーーーっと色々繋がってきたのです!!
というわけで、
最近色々勉強している中の一つが、この道の事だったりもします。
(他にも3つくらいの勉強を同時進行中・・・)
自分の天職って案外、灯台下暗しだったりするのかもしれないな。
そんな事を思った、天気の良い今日です。